“とにかく 続報をお待ちくださいっ
ごめんなさい 無力な著作権者なんです!
資本主義に飼いならされたぶたやろうなんです!
しかし今ここで暴発すれば 左翼たちの思う壺だぞ!
”
“えっと
最初にこの企画を聞いたときに たぶん皆さんも思ったでしょう
「何を実写に? 菌を?」
だから僕も考えて提出しました
背景なしで 真ん中に大きなコッペパンが置いてある絵を想像してください
そこに黄色い気ぐるみを着たA.オリゼー(玉木宏くん)がいて 愛について自問していると
右上からクレーンに吊られたヒオチ(泉谷しげるさん)が降下
二人で熱いしゃべり場を展開する
毎回ゲストが登場して 第一回はS.セレビシエ(加藤夏希さん)を交えたトークを展開する
というのを提案したら フジテレビさんに「いいですね」と 言われたが 僕は大人なのでニュアンスでその言葉の意味は理解しましたし それ以降その企画には触れてもらえませんでした
”
hexe:
また、先日は、はやぶさスタッフ宛に面白い差し入れがありました。A,B,C,Dの名前の付くドリンク剤のカートンを集めてイオンエンジンを表し、そのAとBの間をダイオードでつないでいる芸の細かさに注目です。 (via 月探査情報ステーションブログ » 今週のはやぶさ君 (12/3))
“さて、今週の連載分では、「天才軍師」という呼び名で登場した赤井孝美が延々とパソコン画面で女の子の乳首の色ばっかり塗っている。
twitterでも「赤井さんといえば乳首という印象になってしまった」とつぶやかれる始末だ。
いや、でも本当に当時のパソゲー、それもアダルトソフトの乳首の色は酷かったんだよ。
もう、どピンクそのもの!茶碗のように巨大な乳首が蛍光ピンクで光ってたんだ。「岡田さん、許せませんね」
”
「おう赤井君、こやつらに天誅をくわえてやらねば。しかるべき罰をくらわしてやらねば!」
という、まるで『魔少年BT』のような応酬を毎日していたんだ。
“今回の対局はテレビの銀河戦で見た女流棋士と男性棋士の対局から採らせてもらいました。囲碁だと男と女の差がないのに、将棋だとなぜにこんなに差があるのでしょう・・・。スポーツで男女差があるのはわかりますけど、それ以外の分野でも、男女がともやっているジャンルで最高峰はほとんど男ですよね。男尊女卑とか女性の体力や体調の問題もあると思いますが・・・。
そのなかでも男女の差が少ない代表的なジャンルは漫画。サンデーでアクティブな新人は女性ばっかりですよ。アシスタントでも今まで来てもらったヘルプアシの女性たちの真面目さ・丁寧さ・根性には舌を巻いた。背景が巧く描けなくて涙流して悔しがったり、ご飯を辞退して仕事したり、レベルの高い仕事ができなかったので給料を下げてくれという女の子には会ったことがあるけど、そういう男にはついぞ会ったことがない。飲み会にコスプレで現れるなど、気持ち悪さやマニアック度合いも女の人が上!だから、ボクの漫画は常に女の子が強いのだ。
”
“中郷
宮本さんの机のまわりには
いろんなメモとか絵が貼ってあるんですけど、
『マリオ3』をつくっていたときから
恐竜に乗る絵があって、それがずっと貼ってあったんです。岩田
恐竜というのはヨッシーのことですよね?(笑)
中郷
ヨッシーです(笑)。
でも、そのときは恐竜に乗った絵だったんです。
で、→『マリオワールド』(※23)で初めて恐竜に乗りまして。※23
『マリオワールド』=『スーパーマリオワールド』。1990年11月に、スーパーファミコンと同時発売されたアクションゲーム。シリーズ4作目。
手塚
宮本さんはカントリーウエスタンが大好きなので、
馬に乗るとか、そういうことにすごく憧れをもっていたと思うんです。中郷
そうなんですよね。
いまはなくなってしまいましたけど、
会社の近くにカントリーウエスタンのパブがあって、
そのお店に連れていかれることも多かったですし。岩田
ああ、なるほど。
ウエスタン好きからヨッシーは生まれているんですね(笑)。手塚
たぶん、そうだと僕は思ってるんですけど(笑)。
中郷
きっとそうでしょう。
岩田
この2人が言うんだから、きっと間違いないですね(笑)。
”
“岩田
ちなみに、『スーパーマリオ』のコースは、
1面からつくりはじめないという話を
ずいぶん前に聞いたことがあるんですが。中郷
そうです。
”
最初にできあがるのは3ワールドとか5ワールドなんです。
それがいちばん面白いんです。面白いんですけども、
初めての人にやってもらうと
とんでもなく難しすぎて、できないんです。
そこで、それをマイルドにしたものを
前に持っていくというのが基本でした。
“岩田
ちなみに、宮本さん、手塚さん、中郷さんの
3人の黄金のトライアングルが誕生したのはいつからなんですか?中郷
→『スーパーマリオブラザーズ』(※17)のときです。
先ほども言いましたけど、
手塚さんが新入社員として紹介されたのがいちばん最初で、
そのとき手塚さんは・・・。手塚
僕は『デビルワールド』をつくっていて・・・。
中郷
僕は宮本さんと
『エキサイトバイク』をつくっていたんです。※17
『スーパーマリオブラザーズ』=1985年9月に、ファミコン用ソフトとして発売されたアクションゲーム。
岩田
ということは、同じ時期に
手塚さんは宮本さんと『デビルワールド』をつくり、
中郷さんは宮本さんと『エキサイトバイク』をつくっていたんですね。中郷
発売時期もほとんど同じでしたから。
手塚
『デビルワールド』が1984年の10月で・・・。
中郷
『エキサイトバイク』は11月でした。
で、『エキサイトバイク』は東京でつくってましたので、
宮本さんといっしょに出張することが多くて、
ホテルに2人で夜遅く泊まったりとかしてました。
当時はバブル景気のはじめの頃でしたから
ホテルがなかなかとれないこともあって、
2人でひとつのベッドに寝たこともありました(笑)。岩田
ひゃあ(笑)。
一同
(笑)
”
“岩田
わたしはこれまで、HAL研にいながら
いろんなソフトに関わることができたんですけど、
「本流の『マリオ』シリーズにだけは関わっていない」と
長いこと思いこんでいたんです。
でも、過去に中郷さんにお伝えしたことが、
実はそうやって、間接的に参加させていただくことにつながっていて、
それがわかったときは、ちょっとうれしかったんですよ(笑)。中郷
(笑)
”